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<<   作成日時 : 2008/06/06 20:15   >>

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 某Pのblog内検索で「書かない」を検索したら7エントリーでした。これが多いのか少ないのかわからないので、この件はこれで終わり(^^;)。

 例えばラーメンのレビューをするのに、味について書かない、ということが、あります。あるんですよ、ほんとに。

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 徳島県小松島市「どさんこ」の味噌ラーメンは自家製の味噌を使用、麺はサッポロ・ラーメンらしい縮れ麺。もやしとコーンがたっぷり盛られている。チャーシューにこの店だけのこだわりがあり、分厚い上に味噌で味付けされていて、更に焙ってある。「どさんこ」はサッポロラーメンのチェーン店で、県内には多数ある。そのほとんどは特に言及することもないが、この店のように独自の工夫を打ち出している店もあるのだ。

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 こんな感じで、ラーメンの写真を貼れば、記事として充分成り立つと思いませんか? うまいともまずいとも書いてないのは、理由があります。それは判断であって事実ではないからです。判断は大事、それはそうです。だからこそ、それは自分の舌ですることであって、モノのように誰かに手渡したり押し付けたりしてよい物ではない、そういう考え方も成り立つのです。

 ただし、書いてない事を、書いてあるかのように錯覚することもあります。わざわざレビューしてあるのだから、うまいに違いない、と思う人もいる。しかし、レビューなんて誉めるか貶すかのどちらかでしかないのに、うまいと書いてないのはおかしい。それは、本当はまずいのに、カドが立たないように断言を避けたんじゃないのか? そういう見方も出来ます。不思議ですね、単に書いてないだけなのに、人によって、是と受け取ることも、否と受け取ることもあるんですから。まあそれは余談です。

 以前、定石という言葉を使いましたが、文章には文脈というものがあります。定石を組み合わせる場合があるように、文脈も組み合わせて使うことが出来ます。上の「どさんこ」のレビューが2つの文脈でできているのがわかるでしょうか? 前半ではラーメンの構造を、後半ではチェーン店としての立ち位置について語っています。そして、「うまいかまずいか」という観点は、そのどちらに出てきてもおかしくないのに、2つの文脈をうまく続けることによって、巧妙にごまかされているのです。これは、MADで2種類のダンスの良いところだけ繋ぐのと、同じようなものです。

 書いてない点について、ほんとうはどう書きたかったのか? そう考える前に、書かないという技がどういう意図で、どんな風に使われているか? そう考えて文章を読むと、なかなか面白いと思いますよ。

 このエントリーは、某blogのあるエントリーと、別の某blogのあるエントリーを読んで、自分も思うところを書いてみようかな? というエントリーの序として書くつもりだった内容を独立させたものです。端的に言って、自分の"思うところ"が、前提となる2つのblogと比べて、ああレベル低い、どこそこの文章がどんなに素晴らしいかとか、文章力のない人間が書いても説得力なんてあるものか、と思ったので止めたと(^^;)。

 小松島市の「どさんこ」は実在します。うまいかまずいか? 私は機会があれば食べてますし、昼時は小さな店内がいつも満員状態です、と言えば充分ではないかと思います。レビュー例は私の作で引用ではありません。

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